子供の頃、多分まだ五歳くらいだったか、祖母に初めての財布をもらった。
黒くて革でできたトンネルみたいな形の小銭入れ。
うちの親は「ドル入れ」って言ってたっけ。
もらった小銭入れの中には当時もう珍しくなっていた百円札と五円玉と、
お金が貯まるお守りに、切手くらいの大きさのヘビ皮が入っていた。
幼児期の胎内回帰願望か、当時やたらトンネルが大好きだった僕は、その黒くてトンネルみたいな形の財布に一発でやられてしまった。
ばあちゃんが入れておいてくれた百円札はすぐ親に没収されてしまったが五円玉は残してあった。
その頃の五円はただの釣り銭用のジャラ銭じゃなくて、
橋のたもとにある五木田商店に行けば、スーパーボールやくじ、目盛りのついたピンク色でジャバラのポンプを押すと水が出るので僕らは注射って呼んでたスポイトを買う事ができるちゃんとしたお金だった。
僕はさっそく五木田でスポイトを買って来ては、弟に「注射してやるから手をだせよ」って無理矢理スポイトをぐいぐい腕の内側の柔らかいところに押し付けるようなサイテーの兄貴だった。
弟よゴメン。
さて、使ってた馬蹄形の財布はだんだん縫い目がほどけて、いつしかどこかになくなった。
仲良しだったばあちゃんも、僕が中学生の時、少しずつ弱りながら六畳の布団の中で死んで、それから四半世紀が過ぎたある日突然、馬蹄型の財布、それも昔使ってたのと同じやつが欲しくなった。
ところが、世界の物流の中心であるはずの東京で、あちこちの店をさがし歩いても、ネットのどこを検索しても、僕が子供の頃使っていたあの懐かしいトンネルみたいに彎曲した形の財布はどこにも見当たらなかった。
もちろんどってことない馬蹄形コインケースなら山ほどあるんだ。ポールスミスも百円ショップもコインケースは作ってる、けど、思い出の中のあの形はどこにもない。
ないとなったら余計に欲しい気持ちにターボががかり、考えあぐねた末に出た結論は、「作るしかない」
そうして僕は革で財布を作るに至ったのである。
ネットで探すと馬蹄型財布を作ってる人は何人かいたけど、わかったのは「難しいらしい」ということだけ。
パカッとしまるあの感じはどうやらノウハウらしくみんなその部分の作り方だけはうまいことごまかしてる。
そこで自分で型紙を切って、まずは安い床革とハンズで買った端切れで、なるべく自分のイメージに忠実に作り始めた。
形はすぐに出来たけど、ぴたっと閉まるあの感触や、
革の厚みなど、自分の心のイメージにあるコインケースには程遠く、
これは真剣にやらないとできないことにやっと気がついて、
何個も作るうちに、
一番大外の壁は内側にゆるく傾くようにつくることや、
壁の革には芯を入れるか厚めの革を使ってしっかりさせること。
ちいさなつまみは取れやすいので、根元をしっかり固定すること、なんてコツがわかってきた。
型紙は厚めのボール紙で作る。
靴の箱なんかがすごくいい。
この台は、上の型で切った革をぴたりとはめて仮止めするための治具
こうやって革をはめて
位置を決めて
もうこれで大丈夫となったら接着剤を少しだけ付けて仮止めして
型から外して縫い始める。
針は105円で買ったハンズのメリケン針
168円で5本くらい入ってる手縫いばりは
糸を通す部分がすぐ折れてしまう。
この刃物ケースは60年前に祖父が作ったサメ革。
こういうものを作るのはじいさんからの遺伝だな。
これは革に型押しする刻印。
高さは12ミリくらい。
銀の板を糸鋸で切って作った。
これを濡らした革にバイスで押し当てると
きれいにエンボスになる。
これから二本の針でチクチク縫っていく。
猛烈に熱しやすい僕は何個も作ったコインケースを叔父にあげたり、贈答用にしたり、
自分用にも3個作ってすっかり納得して放ったらかしにしていたんだけど、
今回また作ることになったので、その様子を書くつもりだった。
しかし、作業に夢中になって、気がついたら材料の切り出しは終わってた。
撮影しながら作るのってすごく面倒なんだ。
という訳で進んだらまたアップするので少しだけ続く。